科学者の芽 育成プログラム2008-2019
主催:埼玉大学 大学院理工学研究科 後援:埼玉県教育委員会/さいたま市教育委員会
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受講生の皆さんへ -放射線と放射能についての知識-
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2011年03月19日(土曜日)

 東北地方太平洋沖地震と津波で,原子力発電所が被災(ひさい)しました。発電所から出た放射性物質(ほうしゃせいぶっしつ)による放射線被曝(ひばく)が問題になっています。 
 「科学者の芽育成プログラム」の講師にもこれらのことについて詳しい先生方がおられるので,ニュースや解説に出てくることを分かりやすく説明していただきました。

2011 年 3 月 19 日から「お知らせ」に掲載していましたが,「ジャーナル」に引っ越しました。

 未来の科学者をめざす「科学者の芽育成プログラム」受講生の皆さんには,放射線や放射能について正しい知識をもって,冷静に過ごしていただきたいと思います。

 これらの内容などについて質問があれば,「質問箱」または「お問合せフォーム」を利用して,名前やメールアドレス等の連絡先を記入の上お寄せください。
 科学的な知識として大事なものについては,このホームページの「ニュース」または「ジャーナル」でお答えします。

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Q1 放射線と放射能はちがうのですか。

A1 放射線(ほうしゃせん)(英語でradiation)は,原子が壊(こわ)れたときなどにそこから高速で飛んでくるエネルギーの高い目に見えない小さな粒子(りゅうし)のことです。

 放射能(ほうしゃのう)(radioactivity)とは,放射線を出す能力のこと,または放射線を出す能力をもつ物質のことです。これを区別するために最近では,放射線を出す物質のことを放射性物質(ほうしゃせいぶっしつ)といいます。放射性物質は放射線を出して別の物質に変化します。つまり,放射性物質は壊(こわ)れる原子を含む物質です。

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Q2 放射線にはどんな種類がありますか。

A2 放射線となる粒子はいろいろあります。原子が壊(こわ)れたときに,その原子を構成していた,陽子(ようし),中性子(ちゅうせいし),電子(でんし)が飛び出してくることがあります。それぞれ,陽子線,中性子線,電子線(原子から出てくるときはベータ線,β線)とよびます。また,陽子2個と中性子2個からできているヘリウム4という原子の原子核が飛び出してくることがあり,アルファ線(α線)と呼ばれます。ほかの粒子の場合は粒子の名前をつけて○○線とよびます。たとえば,ニュートリノ線やミューオン線などです。

 電子線は人工的にもつくれます。電子は負の静電気を持っていて,真空中で電極を利用して高い電圧をかければ動かすことができるからです。これを利用したのが,ブラウン管利用のテレビや電子顕微鏡です。

 飛ぶ粒子が光の粒子(光子(こうし)といいます)の場合に,その放射線を光線(こうせん)(ray)といいます。原子が壊(こわ)れたときに出る粒子が高いエネルギーの光子は,ガンマ線(γ線)です。また,高速で動く電子(でんし)や原子核(げんしかく)などを急に止めたり曲げたりしたときに出る,もう少しエネルギーの低い光線がX線(X-ray,レントゲン線ともいう)です。さらにエネルギーが低いのが紫外線(しがいせん)(ultra-violet ray, UV)です。これらは人間の目では見えません。

 それからエネルギーの順に,紫→青→緑→黄→赤の光線です。これらは目で見えるので,可視光線(かしこうせん)(visible ray)といいます。さらに赤の光よりエネルギーが低いのが,赤外線(せきがいせん)(infra-red ray, IR)です。赤外線も人間の目では見えません。

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Q3 放射線の特徴は何ですか。

A3 だいじなことは,これらの放射線は普通の空間を「まっすぐ進む」(直進する)ことです。遮(さえぎ)る物体があれば裏側に回り込んではきません。これが津波や電波などの「波」との違いです。また放射線は,物体に当たってエネルギーを与えて自分は弱い放射線になって反射したり,止まってしまったりします。

 近くに放射線源(放射線を出しているもの)があって,そこからの放射線を避けようと思えば,それを食い止める物質または物体の後ろにいればよいということになります。実際に,強い放射線を避けるのには,鉛やタングステンなどの金属の板を盾(たて)として使います。その影にいれば放射線は当たりません。ウルトラマンが「スペシウム光線」を発射したときに,怪獣が盾のようなものではね返しているのは物理学から言えば正しいのです。

 逆に,放射線の元をたどっていけばそこには放射線を出している物体があります。この方法で宇宙を探るのがX線天文学や赤外線天文学です。

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Q4 放射線はなぜ人体に危険なのですか。

A4 物質に放射線が多く当たると,ふつうは温度が上がります。しかし,ときどき物質をつくっている原子や分子が変化してしまうこともあります。

 われわれの体もさまざまな分子からできていますが,体をつくっているほとんどの物質の分子は,可視光線や赤外線などのエネルギーの低い放射線では変化しません。可視光線で変化する物質もありますが,体の働きに有効に使われています。その代表は,植物に含まれて光合成の役割を果たすクロロフィルや,動物の目で光を感じる物質(視物質)であるレチナールや,骨の成長に関係して紫外線が当たると活性化するビタミンDなどです。

 しかし,紫外線やX線や放射性物質からの放射線などエネルギーの高い放射線が体に当たる(これを被曝(ひばく)といいます)と,体をつくっている物質の一部が変化してしまうことがあります。このことによって一部の細胞(さいぼう)が死んでしまい体の器官(きかん)に影響がでるかもしれません。また,遺伝子(いでんし)のDNAが変化すると,普通の細胞と違う細胞をもった腫瘍(しゅよう)ができるかもしれません。ですから,できるだけ被曝したくないのです。

 生物は進化しながら紫外線などから体を防護(ぼうご)する方法をとりいれました。皮膚を厚い毛皮で覆(おお)ったり,メラニン色素が増えて黒くなったのは,紫外線が体の内部まで入り込んで,重要な器官である神経や血管や筋肉などを損傷(そんしょう)しないように進化したためだといわれています。アフリカで生まれた人類ですが,北ヨーロッパなどの日照が弱く時間が短い地域で暮らすうちに,紫外線を防護しすぎてビタミンDが活性化されず骨が成長しないと困るので,皮膚の色が薄く光が入りやすい白い肌になったというのです。

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Q5 自然放射線とは何ですか。

A5 普段生活している私たちの身の回りにも放射線は多く飛んでいます。これを自然放射線といいます。それには2つの種類があります。

 ひとつは,宇宙からやってくる放射線で宇宙線(うちゅうせん)(cosmic ray)といいます。 

 われわれはほぼ一定量の宇宙線を毎日浴びており,それらはミューオンと呼ばれる粒子や電子です。その放射線量は1時間あたり約0.05~0.1マイクロシーベルト(この単位については後述します。)であり,皆さんはこの値を自然放射線量として覚えておいてください。また,太陽が出している放射線を太陽風(たいようふう)ということもあります。太陽風には電気をもった粒子が多いですから,それが地球のもっている磁場のために進路が曲げられるときに生じる光が極地のオーロラ(aurora)です。宇宙線の研究も宇宙や地球を探るために重要です。

 さて,地球の表面には空気がありますから,宇宙線は空気の分子にぶつかってエネルギーを失い,その数はだんだんと地上に近づくほど減っていきます。ですから,5000 m上空や10000 m上空では上で述べた地上での宇宙線(放射線)の量とは違ってきます。もちろん上空では多くなり,地上での放射線量を基準とすると5000m上空では約6倍,10000mでは約16倍の放射線量として観測されます。

 ですから,たとえば今回のような事故で,放射線量が2倍~3倍増えたとしても(海抜0 mの地上での正常値は1時間あたり約0.05~0.1マイクロシーベルトであることを思い出してください),それは私たちが高原生活を始めたという程度のことに相当すると思っていただいて結構です。

 もう一つは,天然に存在する放射性物質(自然放射能ともいいます)からの放射線です。

 先にも書いたように,放射性物質は壊(こわ)れる原子を含む物質です。その壊れる原子を放射性同位体(ほうしゃせいどういたい)ともいいます。放射性同位体は,いつかは壊れて別の原子になり,そのとき放射線を出します。

 原子が壊れる速さは半減期(はんげんき)で表します。これは,その原子が壊れて個数が半分になるまでの時間です。したがって,半減期の長い放射性同位体では1秒あたりに出てくる放射線の量は少なくなり,半減期の短い放射性同位体は1秒あたりの放射線量は多くなります。

 放射性物質が放射線を出す能力は,単位時間あたりに壊れる原子の数で表されます。これが放射能または壊変率(かいへんりつ)とよばれるもので,単位はベクレル(Bq)です。1秒間に1個壊れれば1ベクレルです。

 放射性同位体は地球上にも多く存在しますので,地上でも海の中でも放射線を浴びます。有名なのは炭素14です。これは半減期5730年の炭素の放射性同位体で,ベータ線(β線)を出して窒素14となります。炭素14はもともと,空気の上層で宇宙線が空気中の窒素の中に含まれる窒素14とぶつかってでき,大気中に循環しています。そのうちに空気中の酸素と反応して,二酸化炭素(CO2)になります。つまり炭素14を含む二酸化炭素ができます。二酸化炭素は光合成に必要なので植物に取り込まれ,糖に変化して植物の体の一部となります。植物が生きているうちはこうして常に新しい炭素14が取り込まれます。その植物を食べて生きている動物にも取り込まれます。しかし,生物が死ぬと取り込まれなくなり,炭素14は5730年に半分になる速さで壊れて,量が減っていきます。どのくらい炭素14から出る放射線が減っているかを測定すれば,その植物や動物が死んでから(建物の場合,その材木を使った建物が建てられたときからではなく,木が伐(き)られてから)何年経っているか分かります。これが「炭素14年代測定」です。木を使ってある文化財などに適用されています。

 身近な放射性物質はほかにもあります。果物や野菜などに多く含まれ,われわれの体にとっても重要で細胞の中にも多くあるカリウムは,放射性同位体カリウム40を約1万分の1含んでいますが,これは半減期が約13億年です。

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Q6 放射線量の単位シーベルトとはどういうものですか。

A6 放射線の人体などへの影響は,
(その放射線が人体に与えるエネルギーの量)×(当たった人体の質量(しつりょう))×(当たっていた時間)
の値に比例します。単位はそれぞれ,ジュール(J),キログラム(kg),秒(s)です。したがって,人体に影響するどのような放射線に,どのくらいの体の部分が,どのくらいの長い時間曝(さら)されたかで人体への影響が決まるのです。

 シーベルト(Sv)は,放射線が当たったときの人体への影響を表す単位で,線量当量(せんりょうとうりょう)といいます。1シーベルトは, 1ジュール(0.24カロリー)のエネルギーの放射線が1 kgに当たった量です。この同じ放射線量に1秒間当たったときに比べ1時間当たったときでは3600倍になります。したがって,人体への影響は,「何シーベルトに何時間当たっていたか」で示されるので,放射線の強さを表すときには,「1時間あたりシーベルト」(Sv / h)で表します。

 1ミリシーベルト(mSv)は1000分の1シーベルト,1マイクロシーベルト(μSv)は1000分の1ミリシーベルトすなわち100万分の1シーベルトです。
     1 Sv = 1000 mSv
     1 mSv = 1000 μSv

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Q7 放射能はなぜ危険なのですか。

A7 エネルギーの高い放射線を出すからです。それに,放射能(放射性物質)は物質ですから移動します。放射性物質が体や衣服に付着すると,皮膚の外から放射線に当たります(外部被曝(がいぶひばく))。肺に吸い込んだり食べたりして体内に入ると,排泄されるまで体内で放射線を出します(内部被曝(ないぶひばく))。

 すでにA4で説明したように,エネルギーの高い放射線は体にいろいろな問題を起こすことがあります。その放射線の強さは,放射性物質からの距離の二乗(じじょう)(距離×距離)に反比例します。放射線が出る方向は空間の上下左右の全ての方向ですから,ある距離離れた場所で放射線に当たる可能性は,放射性物質を中心とする球の表面積分の1です。表面積は半径の二乗に比例しますから,放射線量は距離の二乗に反比例するわけです。2倍離れれば4分の1になり,10倍離れれば100分の1です。

 したがって,放射性物質が皮膚や衣類などに付着(これを汚染(おせん)といいます)したら,取り除くまたは体から遠ざけることが必要です。これを除染(じょせん)といいます。

 内部被曝は,体の中にある放射性物質からすべての方向に出る放射線が体の器官や組織に当たるので,外部被曝に比べ影響が大きくなります。また除染も,その放射性物質と結びつく薬剤を飲んで排泄させるなどの方法をとります。

 しかし,私たちは自然放射能である炭素14やカリウム40そのほかの多くの放射性物質による放射線にいつも被曝しています。公園の木製のベンチに座れば外部被曝,野菜を食べれば内部被曝です。過剰に心配する必要はありません。

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Q8 原子力発電所からの放射能はどのように来るのですか。

A8 事故があった原子力発電所からは放射性物質が飛び散りました。部屋の中にあった塵(ちり)や,水素が爆発してできた水の水滴,熱くなって蒸発した冷却水の湯気などに含まれていたものが乾いて,放射性物質が残ったものだろうと思います。大部分は花粉のような細かい粉だと思ってよいでしょう。しかも,それらは水に溶けるか水で流せます。

 原子力発電所で爆発があったとき,放射性物質は空間の上下左右の全ての方向に飛び散ったでしょう。上に飛んだものは重力の影響で落ちてきます。このため原子力発電所のところが一番放射性物質が多くなり,放射線量が多いのです。横の方向については,同心円状に物質が飛び散りますから,距離(円の半径)の二乗に反比例して少なくなります。したがって放射線量も距離(円の半径)の二乗に反比例して少なくなります。

 例えば,福島の原子力発電所が「1時間あたり1マイクロシーベルト」で,約50 km離れたいわき市が「1時間あたり0.5マイクロシーベルト」だとすると,約100 km離れた水戸市が「1時間あたり0.125マイクロシーベルト」で,約200 km離れたさいたま市は「1時間あたり0.031マイクロシーベルト」のはずです。さいたま市では,この放射線量は1時間あたり約0.05~0.1マイクロシーベルトという自然放射線量より少ない量です。もちろん,これは花粉の飛散と同じで風向きによって変わります。

                 編集担当者
                    永澤 明,井上直也,廣瀬卓司,中村市郎

説明内容のファイルは 放射線と放射能についての知識 [pdf, 158kB]

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